島森です。漫画や小説の感想が主です。TBもコメントもご自由にどうぞ。


by nm73tsrm
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一秒ごとに削られていく命

*[book]『生死半半』淀川 長治 幻冬舎 ; ISBN: 4877286853  1998/12
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人間が死を迎えるのは当たり前のこと。しかし、生の延長線上に死があるとはどうも思えません。人間の中には生きることと死ぬことの両方が半分ずつあるように思えるのです。

「名作映画は、人類にとって最高の総合芸術である」

『二人でヨの字—淀川長治・横尾忠則連続対話』のサイン会で、淀川さんに1回だけお会いしたのですが、本当にチャーミングな方でした。横尾さんはブスッとしてました(笑)

高校生の頃は、マドラ出版に惚れ込んでたので『美学入門』も『おしゃべりな映画館』も愛読してました。

もうちょっと大人になってから
「アンタたち、『恋人たち』も観てないの?だからいつまでも、ねんねなのよ」
と友人が講演会で言われ「すみません!観ます!!」って、二人でおすすめを上映してる映画館があれば、そこへ行き、なければビデオで観ました。

映画を観るには、バレエと歌舞伎も観なさいと教えてくれ、髪の毛の1本1本まで魂がこもってた引退間際の中村歌右衛門の舞台を、観ることが出来たのも淀川さんのおかげです。

大抵の人には「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」のおじさんでしょう。
(淀川さんお勧め映画の『ラストタンゴ・イン・パリ』は、日曜洋画劇場では上映出来ないでしょうが)

一生映画を観続けてきた淀川さんの背景、覚悟(結婚をしたら、自分ばかり好き勝手なことをするわけにはいかない。奥さんをいたわることを考えたり、子供と一緒に遊んで上げる時間をとったりと体力も気力もいる。そして可愛がってしまう自分がわかる。そうしているうちに、好きなことが離れていってしまう。器用に仕事と趣味を両立できないからと、はやいうちから一人で生きていくとを決めた)、好きなものを遺し、発展させ、後継者を育てること。

淀川さんのチャップリンや様々なスターとのやりとりは、繊細なユーモアに溢れて、他の方では決して真似出来ない美しさがあります。

例えば、チャップリンが奥様との新婚旅行でお忍びで来日した際、海辺の安い真珠を奥様が購入し、奥様が嬉しそうに
「あなた、これ本物かしら」(非常に安価なので、品質はチャップリンなら分かる筈だが、奥様にそんな冷たいことは言えない)
「(以前老舗の真珠店から聞いたことがあるのを想起し)本物の真珠は、冷たいそうですよ」
「まあ…
冷たいわ、あなた、この真珠冷たいわ!」

そのときの奥様の可憐な様子、チャップリンの微笑み、淀川さんへの感謝。

真珠の一粒ずつの冷たさが伝わってくるようなエピソードであり、チャップリン映画に出てくるような気遣いです。淀川さんのこういう機転はすべて映画からだと、ご本人は仰ってました。

今、映画を観るときの的確な指針がなくて、本当に残念なのです。

89歳でお亡くなりになる間際の数年に書かれたこの本には、淀川さんの知識ではなく、幼い頃からの想いから始まった、彼が生きた時間に向き合ったものすべてが現れています。

本当に好きな物の為だから、大嫌いな会社勤めも、飲めないお酒も飲めた、頑張れた。
この面白い映画を、大々的に宣伝して、みんなに観てもらえることを考えたら、辞めたい気持ちなんて吹っ飛ぶ。

犠牲にしたものは、目立ちやすいものですが、淀川さんにとっては大きな喜びの前のほんの小さな代償に感じられたのでしょう。
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by nm73tsrm | 2006-03-26 07:23 | book